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出向職員(先端力学シミュレーション研究所・理研):孫智剛 ダウンロードへ 論文リスト>>

研究の概要

臨床治療支援を目指した眼球網膜剥離手術のFEM数値シミュレーション

1.研究目的
 網膜剥離は人体の中で外部からの視覚情報を獲得する唯一の感覚器である眼
球に多発し、視覚障害をもたらす重要な眼科疾患の一つである。眼科臨床において網膜剥離の種類に応じていくつかの手術が施されているが、部分締結と輪状締結の二つの術式を持つ強膜締結手術は、強膜にバックル材を縫着し内陥させることにより剥離した網膜を復位させるような、裂孔原生網膜剥離を治療する代表的な治療法[1] (図1)であり、その実施件数が年間相当な数に達している。しかし、この手術の基本となるバックル材の形状と設置位置、 縫合幅などの選定と、術中に変動する眼圧のコントロールなどは実際の臨床では術者の長年の経験と勘に頼って行 われており、手術の成功率、またその効果が満足的なものとはいえない実状にある。このような現状を打破するために生体力学を核としたFEM数値シミュレーション技術を援用した手術シミュレータが有力な手段として強く期待されている。
我々がこういったシミュレータの実現を目指して研究を進めてきた。この研究の最終的な目的は事前に臨床手術過程を開発したシミュレータを駆使してシミュレートし、そこから得られた様々な力学情報に基づいて適正な手術条件をしぼり出すことにより質の高い手術、高度な医療を実現し、患者負担と医療費の低減、社会的な貢献につなげたいものである。

図1 眼球締結手術
図1
(クリックすると詳細がご覧になれます。)

2.FEM数値シミュレーションプログラムの開発
 以上の目的を達成するために数値シミュレーションプログラムの開発がいうまでもなくそのカギを握っている。締結手術過程は一見力学的な現象としてとらえられやすいように見えるが、それを忠実で正確にシミュレートしようとすると非常に厄介である。これは、この手術は糸状のチン小帯を含めた、非線形な力学特性を持つ十数種類の軟組織と液体とより構成された眼球を対象としている上、術中に軟組織同士、バックル材同士、軟組織とバックル材、さらに縫合糸とバックル材の間に接触が頻繁に発生するなどのような複雑な過程になっているため、FEM数値シミュレーションとしては、材料非線形、幾何学非線形、接触非線形に加え、固体―液体連成解析、締結過程と縫合過程の解析などの問題が絡んでいる非常に難解なケースになっているからである。生体器官あるいは軟組織の解析にFEM数値シミュレーションを応用した研究
[2]-[6] はいままで数多く見られるが、眼球に関する解析[7],[8] はまだごく少数に限られている。とくに複雑な眼球締結手術を対象とした研究は皆無であり、そのようなプログラムも存在しなかった。そこで、われわれが2次元(→論文リスト(5),(6),(9),(10),(12))からスタートしてすべての難 点を克服し、このような複雑な手術過程のシミュレーションを可能にした3次元FEMプログラム(→論文リスト(7),(9),(13),(14),(18),(19))を独自に開発した。その機能は以下のようになっている。

1) 非圧縮性超弾性体の大変形、非線形力学応答の解析
・要素タイプ:8/1節点六面体混合型要素
・境界条件:節点変位、節点力、面圧
・材料モデル:

2) 非圧縮性超弾性体と静止液体の連成解析
3) 変形体同士の接触解析
4) 変形体と剛体の接触解析
5) 眼球を締め付ける過程の解析
6) 縫合過程の解析
7) バックル材モデルの対話形式入力
8) 縫合幅などの指定による縫合糸の自動生成
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3.数値シミュレーション例
 ここでまず部分締結と輪状締結の手術過程をシミュレートした例を示す。各例に用いたシミュレーションモデルとその結果をそれぞれ図2、図3と図4、図5に示す。
 シミュレーションは以下のようなステップに分けて実行された。

標準眼圧を生成するための,眼球内部に面圧の境界条件をかける解析
シリコンバンドで眼球を締め付ける過程の固体―液体連成解析(輪状締結手術のみ)
バックル材を眼球表面に縫合する過程の固体―液体連成解析

(クリックすると詳細がご覧になれます。)
図2 輪状締結手術シミュレーションモデル 図3 輪状締結手術過程のシミュレーション結果 図4 部分締結手術シミュレーションモデル
図2 図3 図4

図5 部分締結手術過程のシミュレーション結果 図6 異なる手術条件における,縫合を施した時点での輪状締結手術のシミュレーション結果の比較 (左:眼球断面形状,右:硝子体の静水圧応力分布)
図5 図6

  図3と図5から確認できるように、こういった複雑な手術過程がそのまま通してシミュレートされている。 また,シミュレーションによって強膜内陥効果、眼軸長などを含めた眼球形状の変化、網膜下液体積の変化、網膜復位と網膜裂孔閉鎖の状況および応力分布、眼圧変動などの情報が合理的にとらえられている。
図6に異なる手術条件の下でシミュレートした結果の比較を示す。これらの比較から臨床手術に対する指針を与える様々な情報が得られる。例えば、

突起型シリコンタイヤを用いる場合に強い強膜内陥効果が得られる。
強い締め付けを施す輪状締結手術の場合に復位された網膜は眼内の硝子体から強い支持が得られる
(静水圧応力分布から締め付けにより硝子体が相対的に強い圧縮を受けることが見て取れる)。
手術により眼圧が上昇する.とくに強い締め付けを施す輪状締結手術の場合に眼圧の上昇が顕著となる。

以上のシミュレーション例よりわかるように、本プログラムは複雑な締結手術の過程をそのまま通してシミュレートすること、また臨床手術に有用な各種の情報を獲得することを可能にしている。実際に色々な手術条件を想定して手術過程を事前にシミュレートすることにより数値シミュレーションを援用した臨床手術支援を実現することが大いに期待できる。一方,本プログラムは種々な機能を備えているので眼球締結手術のみではなく、それ以外への応用も期待されている。

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参考文献

[1] 樋口哲夫・ほか3名 編集, 裂孔原生網膜剥離(1998), 26, メジカルビュ−社。
[2] Delfino, A. et al., J. Biomechanics , 30-8 (1997), 777-786.
[3] Hirokawa, S. and Tsuruno, R., Med. Eng. Phys., 19-7 (1997), 637-651.
[4] Natali, A. N., J..Biomed. Eng. , 13 (1991), 163-167.
[5] Miller, K. et al., J. Biomechanics, 33-11 (2000), 1369-1376.
[6] Bischoff, J. E. et al., J. Biomechanics, 33-6 (2000), 645-652.
[7] 内尾・ほか7名, IOL&RS, 13(1999), 2-6.
[8] Stitzel, J. D. et al., IV World Congress of Biomechanics(2002).

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